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黒い十字架-Schwarz Kreuz-というサイトに設置しているブログです。 内容は黒い十字架の看板キャラによる小話などです。

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Capriccio 6.痩躯
 演奏を聞いてやって来た聖獣たちを見てアロイスは言葉を失った。
 彼らは皆、痩せていた。










 かさり。
 
 小さな音がした。
 音だけではない。
 茂みの向こうにたくさんの気配を感じる。
 見られている。
 でも少々警戒されているようだ。
 それも仕方のないこと。
 この辺りの瘴気は鏡守りの能力で浄化した。
 そろそろクラオトを出しても大丈夫だろう。
 そう判断したアロイスは演奏を止め、グリモワールを解除すると、木の根もとに近づいた。
 革袋の口を開け、中からクラオトを出す。
 そして聖獣たちが見ている方向に向けた。
 
 ざわざわ。
 
 すぐには出てこないかとも思ったが、好物を目の前に耐えきれなくなったのか一匹の聖獣が出て来た。
 緑色をした狼の姿をした聖獣だ。
 しかし、痩せている。
 その聖獣はアロイスの目の前でちょこんと座った。
 そのままじっとつぶらな瞳でアロイスを見つめる。
 強請っているのだろう。
 可愛いなと思いながらもアロイスは葉を一枚千切るとそっと差し出した。
 
「どうぞ」
 
 聖獣は嬉しそうに差し出された葉を食べた。
 満面の笑顔だ。
 それを見ていた他の聖獣たちも警戒心が少し緩んだのか次々と近づいて来た。
 だがそれを見たアロイスの表情が曇る。
 
 近づいて来た聖獣たちは皆、痩せていた。
 
 それは十分に栄養が……クラオトが摂取できていない証だ。
 確かにクラオトは育てるのが大変だ。
 瘴気に満ちている今現在、クラオトを育てるのは非常に難しい。
 結界が張られている場所でないとすぐに枯れてしまう。
 あの少女が育てられるとは、正直……思えない。
 では一体どうやって栄養をまかなっているのか?
 疑問には思ったが、今はそれよりも栄養をつけてあげたかった。
 こんなに痩せ細っても彼らはあの少女の側にいた。
 見捨ててしまっても良かったはずなのに、それをしなかった。
 その優しい聖獣たちにお腹いっぱいにクラオトを食べさせてあげたかった。
 アロイスはクラオトの葉を一枚一枚丁寧に千切り、聖獣たちに分け与えた。
 彼らに上げ終わる頃にはクラオトはすっかり茎だけになっていた。
 これではもう育たない。
 一株駄目にしたが、収穫はある。
 それは思っていた以上にあの少女と一緒にいる聖獣の数が多いということだ。
 今度は大きな株からたくさん葉をもいで来ようと決心する。
 アロイスがそんな事を思っていると視線が刺さった。
 アロイスに、ではない。
 手元にある駄目にした株に、だ。
 物凄く哀しそうな目をしてクラオトを見ている。
「もっと食べたかったのか……」
 残念ながらこんなにいるとは思っていなかったので小さい株しか持ってこなかった。
 今日はこれ以上は無理だ。
 だが、聖獣たちは一様に首を振った。
 そうではないらしい。
 では――
 そこでアロイスは気付く。
「そっか。自分たちのせいで大切なクラオトを枯らしてしまったと思っているのか」
 確かに、郷の外でのクラオトは非常に貴重だ。
 こんな小さな株でも育てるのは困難。
 だから気にしているのだろう。
「気にしなくても大丈夫だよ? まだたくさんあるし」
 アロイス的には気にするほどの事ではなかった。
 なんせこの小さな株は大きな親株から株分けしてそう経っていない物だ。
 親は元気に葉や花を茂らせている。
 
 持ち運びなどとても出来ない大きさで。
 
 しかも一株ではない。
 たくさんある。
 心配する必要はない。
 近くにいた聖獣の頭を撫でる。
「明日はもっとたくさんクラオトを持ってきてあげるね」
 そう言うと聖獣は一瞬動きを止め、とても嬉しそうに笑った。
「さてと、もう少し演奏していこうかな」
 アロイスは紅く染まっていく空を見上げて呟いた。
〈其は悠遠の扉……日は嘆きのうちに世界を拒絶……守護せよ――〉

   ――鏡守り!


 アロイスは日がとっぷり暮れ、月明かりに照らされるまで演奏していた。
 
 
 
 
「ただいま~」
 とりあえず今日のところはあの少女に再び会うことは無かった。
 それでも収穫はあった。
 僥倖だ。
「おかえり」
 そう言われて懐かしい気分になった。
 一人でいた時間は長い。
 久しぶりだ。
 いつも返事が帰ってこない部屋に向かって言っているだけだったから。
「ただいま」
 二度、同じことを言ったアロイスを不思議そうに見てくるヴァルター。
「ロイ、どうかした?」
「ああ、ちょっと懐かしかっただけだよ」
「懐かしい?」
 
「ずっと、一人で旅をして来たから」
 
 返事が帰ってくることなんてなかったのだと告げる。
 しばし黙っていたヴァルターだが、唐突に言った。
「それじゃあこれからはそういう心配はいらないね」
「え?」
 少々ばつの悪そうな顔している。
「オレ、借金を返せる目処が全く立ってないからね。これから相当ロイと一緒にいないと」
 もしかしたら一生無理かもなんておどけている。
「あはは……ちゃんと返してくれないと困るなぁ?」
 だからこそ、笑ってそんな軽口も言えた。
 そうだ。
 もう一人ではない。
 アロイスは確かに一人ではなかった。
 たくさんの人たちと一期一会の出会いと別れを繰り返しながら生活してきた。
 でも一人だった。
 独りではなくとも一人だった。
 だからこそ、誰かと笑い合えるのは久しぶりだった。
 故郷に帰れば仲間はいるし、家族もいる。
 それでも、アロイスは選んだのだ。
 この壊れかけた世界で、こうやって生きることを。
 言えないことがたくさんある。
 隠していることも。
 
 でも……
 
 きっとそう遠くないうちにヴァルターには教えてしまうんだろうなという確信があった。
 自分で思っている以上に心を開いているようだ。
 彼ならば、全てを知っても側にいてくれるような気がする。
 むしろ、率先して。
 だからこそ、思う。
 独りで生きて欲しくないと。
 あの少女にも、この世界がまだ捨てたものではないのだと、楽しいものなのだと、知って欲しい。
 切にそう思った。
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