あれから七日が経過した。
相変わらず少女の名前は分からない。
少女に対して何か進展したということは無い。
残念なことに。
しかし、聖獣たちはこの七日でだいぶ元気になった。
少女とお近づきにはなれなかったがこれはこれで嬉しい。
「だいぶ元気になったね」
アロイスが近くにいる聖獣の頭を撫でた。
聖獣は嬉しそうに目を細める。
七日間通い詰めてクラオトを配り続けたアロイスはすっかり聖獣たちと仲良くなっていた。
どの位仲が良くなったかというと聖獣がお腹を見せて寛ぐくらいには、だ。
演奏をしているアロイスの周りには聖獣たちが溢れている。
初めて会った時は可哀そうなほど痩せていたが、アロイスが持って来たクラオトを毎日食べてすっかり体つきも立派になった。
毛並みも良い。
「聖獣たちが随分と元気になったと思ったら貴方が原因だったのね」
来ているのは分かっていたので別段、驚きはしない。
しかし……
「それじゃあまるでボクが悪いことをしたみたいじゃない」
言葉の響きの悪さに不満を漏らす。
「そうね。言い方が悪かったわ」
相手はあっさりと謝罪した。
「この子たちは随分と痩せていたからとても気になっていたのよ」
「そうだね。ボクが初めて会った時も、辛うじて生きているような状態だった」
「そう。ここじゃクラオトは食べられないもの」
それを聞いてアロイスは呟いた。
「じゃあやっぱり――」
「ええ。あの子はクラオトを育てていないわ」
独りで暮らしている小さな少女がクラオトを育てられるはずもない。
クラオトを育てられるだけの環境を整えられないからだ。
「でも彼らはここであの子を守りたいと言ったのよ」
「やっぱり」
「ええ。ここでは食事が出来ないから移動したらと何度も勧めたのだけど……」
「見捨てられなかったんだね」
「ええ。優しい子たちよ」
「だからキミも見捨てられなかった」
それを聞いた途端、動きを止めた。
「何のことかしら?」
本気で惚けようとしているわけではない。
それは雰囲気でわかった。
「だって、キミが彼らに食事を……クラオトを分けてあげていたんでしょ?」
「ふふ……」
聖獣を見つめる目はとても優しい。
「だって、見ていられなかったんだもの」
「うん。そうだね」
「でも、私に出来たのは辛うじて生きることが出来るだけの量のクラオトを定期的に分けてあげることだけ。今のように元気にしてあげるだけの量のクラオトなんて用意できなかったわ」
少し、悔しそうだ。
「キミも十分優しいね。いくら自分が食べない葉の部分だと言ってもこれだけの数の聖獣たちに分け与えるにはそれなりの数が必要でしょう?」
「そうね……精霊である私に出来ることなんてほとんどないわ。だからこそ、あの子たちには数あるエルフのどこかの郷で暮らして欲しいと思うのよ」
エルフの郷は一つではない。
人間のようにたくさんいるわけではないがそれなりの数はいる。
アロイスはハイエルフであるため、郷にはハイエルフしか暮らしていない。
でも精霊たちに聞いて他の郷の場所もある程度はわかっている。
そこにあの少女も連れて行ってあげたい。
「……貴方は、この子たちを救ったわ」
「一時的に、ね」
少女が動かなければここにいる聖獣たちは一歩も動かないだろう。
「そうね。でも、このままで終わるつもりは無いのでしょう?」
確信に満ちた顔をしている。
「ハイエルフのお兄さん」
「勿論」
大きく頷いた。
「大人しく引いてあげるほど薄情じゃないつもりだよ」
どれほど邪険にされても心を開いてくれるまで話しかけるつもりだ。
「それにしても、すっかりデレデレね」
側にいる聖獣たちの事だろう。
「ここまで心を許しているなんて……」
「餌付けしたからね」
それを聞いた精霊は首を振った。
「それだけではこんなに懐かないでしょう? いくら貴方がハイエルフだからといっても」
精霊は周囲の浄化された森を見る。
「貴方が浄化の結界を起動してこの森を癒してくれるから、だからこそ、この子たちも安心していられる」
この森はアロイスが七日間通い詰めて毎日演奏していたため、音が届く範囲は完全に瘴気が浄化されている。
瘴気がなく浄化された空気を魔獣は嫌う。
だから聖獣たちも安心していられる。
「キミも演奏を聞いたからこそ、来てくれたんでしょ?」
「ふふふ……そうね」
つい話に夢中になってしまった。
それでも、やるべきことは変わらない。
かさり。
衝撃を受けたような顔をした少女と目があった。
「どう……して?」
何故、驚いているのかアロイスにはわからない。
「どうして……皆…………そんなに――」
そしていきなり泣き出した。
「え?!」
さすがのアロイスも少女が泣き出すとは思っていなかった。
「裏切り者――!!!!!」
思いっきりそう叫んで走り去って行った。
唖然とするアロイス。
聖獣たちもとても心配そうな顔をしている。
だが、追いかけることはしない。
裏切り者といわれたのは、聖獣たちだから。
不安な顔をしてアロイスを見てくる。
どうしたらいいかわからなくてアロイスを頼っているのだろう。
しかし、これはアロイスがどうにかできる問題ではない。
今アロイスが言っても話など聞いてくれないだろう。
なんせ名前すらまだ知らない。
「あらあら」
精霊は全く困っていなそうな顔だ。
「一体何が?」
アロイスにはどうして少女が裏切り者と罵ったのか、その理由が全く分からない。
彼女にとって、聖獣たちは唯一心を許せる友達のはずだ。
それなのにどうして――
「あの子の側で聖獣たちがお腹を見せてまで寛ぐようなことは一度もなかったのよ」
その答えを側にいた精霊があっさりと教えてくれた。
「でも、それは――」
「そうね。仕方のないことよ」
ここで今聖獣たちが寛いでいるのは危険が全くないからだ。
少女の側から離れても大丈夫と判断できるくらいにこの森は清浄になった。
勿論一時的にだが。
「それで、追わないの?」
「今のボクでは話すら聞いてもらえないよ」
「そうね……あの子、人間不信で対人恐怖症だものね」
少し考えていたようだが、にっこりとほほ笑んだ。
「じゃあ、私が話してきてあげるわ」
「いいの?」
「ええ。だって、その方がこの子たちのためにもいいもの」
「確かに、ボクの話は聞きたくなくても精霊であるキミの話なら聞いてくれるかもしれないね」
「ちゃんと話してきてあげるわ。貴方がハイエルフだってね」
「ボクがハイエルフだっていうことぐらいで心を許してくれるかな?」
「さぁ? でも人間と同じような行動をとったりはしないんじゃないかしら?」
「そうなることを期待しようかな?」
「そうするべきね。私も頑張ってくるわ」
「ありがとう。今日のところはボクは帰るけど、明日もまた来てくれるかな?」
「あら、どうして? 貴方の用はあの子だけでしょう?」
「明日はクラオトの花を持ってくるつもりなんだけど」
それを聞いた精霊は嬉しそうに微笑んだ。
「それは嬉しいわね。俄然やる気が出て来たわ」
絶対に説得してあげると言い残し、精霊は少女を追って行った。