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黒い十字架-Schwarz Kreuz-というサイトに設置しているブログです。 内容は黒い十字架の看板キャラによる小話などです。

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Capriccio 3.聖獣
 宿に行くとアロイスは唐突に語り始めた。
 あの少女が虐げられていた理由を。
 人が忘れ去ってしまった事実がそこに存在した。










 首尾よく美味しい料理を出してくれる宿屋を見つけた。
 値段は少々高めだが、アロイスはそういうものに対する金払いが良い。
 アロイスは金持なのでケチる必要がないのだ。
 昼ご飯を食べ、部屋で寛ぎ始める。
「さて、そろそろ講義でも始めようか」
「講義?」
「そ。ヴァルター君が疑問に思っていることを、ね」
「オレの疑問」
「少し話が長くなるから道端で話したくなかったんだよね」
 ヴァルターは理解した。
 不自然に話を逸らされたのはそれが原因だったようだ。
「あの粗暴者が言っていたでしょ? 魔獣って」
「うん。言ってたね」
「ヴァルター君はどう思う?」
「え? どうって――」
 一瞬黙り込んだ。
「魔獣も、魔霊も、人間の敵で……人間の言うことなんて――」
「聞かない」
 それは当然のことだ。
 しかし――
「あいつら……魔獣を従えてるって――」
 俄かに信じがたい話だ。
「空を鳥が飛んでいたよね?」
「え、うん」
「あれ、どう思った?」
「どうって……」
 ヴァルターは考え込んだ。
 自分の知っている魔獣は禍々しい。
 一目でそれと認識できる。
 殺気を放っているし、それに――
「人を見境なく襲いかかる災厄……」
 確かに、空を飛んでいる鳥は大きかった。
 普通の鳥ではない。
 でも――
「あれは違う。あれは、魔獣とは……全然――」
 それを聞いたアロイスはニッコリと微笑んだ。
「その通り。あれは魔獣ではない」
「じゃあ……」
「あれは〝聖獣〟だよ」
「〝聖獣〟?」
 初めて聞く言葉だ。
「その名の通り、聖なる獣」
 魔獣と対をなすものらしい。
「混沌の箱が開かれる前からひっそりと暮らしている獣だよ」
「へぇ……聖獣っていう位だから何か特技でもあるの?」
「うん。強いよ」
「強いの?」
「うん。そうだねぇ……魔獣を斃すぐらいなら出来るよ」
 それは確かに強い。
「でも、魔獣も一筋縄ではいかなくなってきたからねぇ……それに――」
「それに?」
 アロイスの表情が曇った。
「聖獣は人間が好きじゃないからね」
「それって――」
「ヴァルター君も見たでしょ?」
「え?」
「魔獣と断じた人間を」
「あっ――」
 そして気付く。
 人間が嫌いな理由を――
「魔獣と……間違われるようになったから――」
「そう。あの、〝混沌の箱〟が開く前は、仲良くやれていたらしいよ」
「らしいって――」
「ボクは六十八歳だから、さすがに知らないよ」
 ハイエルフは長い寿命を持つ種族だ。
 先祖からそう伝え聞いたのだという。
 確かに人間よりもサイクルが短いために、そういう話は風化しにくい。
「人間はね、区別がつかなくなったんだよ。自分たちを護ってくれる彼らと、災厄の区別が」
 そのせいで聖獣は人間から離れていった。
「討伐されないために、今じゃ滅多に人里には降りてこない」
「それじゃあ……」
「また箱が開いた当初は人間と一緒に暮らしていたんだよ? でも、人は恐怖で目が曇ってしまった」
 自分たちを護ってくれていた聖獣たちをも、迫害し始めた。
 聖獣たちは次第に人間から離れていった。
 だから今では聖獣は人間には近寄らない。
「聖獣たちが人間を護っていた時はもう少しマシな状況だったらしいよ?」
「マシって、何が?」
「聖獣は瘴気を浄化することが出来る」
「それって、じゃあ、昔は奇病がなかったの?」
「うん。らしいよ」
 聖獣は魔獣を斃す強い力がある。
 そして、そこにいるだけで瘴気を浄化する能力があるのだ。
 だから、聖獣たちが町を守護していた時は奇病は流行らなかった。
 聖獣と人間は上手く一緒に暮らせていたのだ。
 人間は聖獣に護ってもらう代わりに聖獣たちの食事を用意していた。
 彼ら聖獣の主食であるクラオトの葉を育て、捧げていた。
 だがそれはもう遙か昔の話だ。
「猜疑心が全てを壊してしまった……」
「それで……今じゃ語られなくなったの?」
「うん。人間は忘れてしまった」
 だから聖獣と魔獣の区別がつかないのだ。
「あれ……じゃあ、なんであの子は?」
 ヴァルターが気付く。
 聖獣は人間に近寄らない。
 ならば、何故、あの少女と一緒にいるのだろうか?
「言ったでしょう? 〝人間は〟って」
「それって……忘れてしまったのは人間だけで、エルフは忘れてないってこと?」
「その通りだよ」
 ああ、と納得した。
 彼らは寿命が長い。
 そして賢いし、力もある。
 人のように押しつぶされなかったのだ。
 彼らは正しい情報を持ち、疑わなかった。
 だからこそ、エルフ達は聖獣と仲違いはしなかったのだろう。
「あの子はちゃんと聖獣のことを理解してそして一緒にいるんだ」
「そうだね。でも、人間は聞く耳など持たない」
 小さな少女の言う言葉など、信じないだろう。
「彼らは人間を襲ったりしない。むしろ人間を護ってくれる存在だ。でも、エルフの少女の言葉を信じることが出来るくらいならば、彼らは聖獣と別れることにはならなかった」
「あの子は、ここで暮らしてくのは無理なんじゃ――」
「だろうね。ここではあの子は理解されない」
「あの子……両親は――」
「いたら一緒にいるだろうね」
 正真正銘、独りぼっちなのだ。
「心を許せるのは聖獣だけ」
 人間は自分を傷つける敵。
 それ以外の何者でもないのだろう。
「ねぇ、ロイ」
「何だい?」
「エルフって、どこで暮らしてるんだ?」
 エルフもハイエルフもそう簡単に見かけないものだ。
 ヴァルターもアロイスが初めて見たハイエルフだ。
「人間に幻滅したから基本的に距離を置いてるよ」
「幻滅……そっか…………人間が、信じられなくなったから、彼らも――」
 聖獣と仲違いしたのを見たエルフたちも人間から距離を置くようになったのだろう。
 人間の、自分勝手な行動を見て、幻滅したのだ。
 信じることが出来なかった愚かな人間たちを――
「ボクがキミにエルフの郷の場所を教えることはない。どれだけ仲良くなっても、キミがボクたちエルフに害をなす人間でなくとも……ボクはハイエルフだから。言えない」
 アロイスがそう思っても、仲間がどう思うかはわからないのだ。
 アロイス一人の判断で、通すことは出来ない。
 それがハイエルフの規律だ。
「でも……あの子は、連れて行ってあげたいかな」
 そうすれば、哀しい思いをすることは二度とない。
「そのためにも、せめて、会話してもらえるようにならないとね」
「難しそうだよ?」
「それでも…………仲間だからね」
「そっか……」
 罵られても、聖獣と共にあることをやめようとしない、あの少女を見捨てることはできそうにない。




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